アーカイブ:3月2018

カッコいいです
ヴィンテージのメガネ

18.03.06

加工済み。搭載レンズは、ガラス1.52のハードコートです。形は、米軍の支給品みたいなフレームですが、生地の色が野暮ったさを掻き消しています。透かすとよく分かります。70年代頃のドイツフレームです。鼻盛りもうまく付きました。いいメガネになりました。

開店遅らせます
営業案内

18.03.06

すみません、13時オープンにします。途中で飛び込んだ時計店で、話し過ぎました。

入荷はありません。

変わり種
ヴィンテージのメガネ

18.03.05

ぷよぷよみたいな、変わり種メガネです。70年代のフランスです。

GF 14Kの刻印があります。ホワイトゴールド、14金張りは珍しいです。なぜかフランスのこのメーカーだけは、それがよく出てきます。

ややレンズは変わっていますが、金張りの仕上げであること、割智の精度が高くてネジが抜けにくいことを考えますと、もちろん本気のメガネだったと思われます。

差し入れ品
雑記

18.03.04

人生初の財宝です。差し入れで頂きました。

ラベルを眺めていて驚きました。放射性炭素同位体の年代測定やっていますね。数字に根拠が大ありでした。高校物理で、同位体の半減期の勉強の時に、コラムで教科書の端に書いてあったアレです。

メガネに関わらず、ヴィンテージ等々の分野で本気でこの手法を導入したら、ロマンみたいなものの半分以上は壊れると思います。

ただメガネでいえば、例えば40‘sフランスというカテゴリーには適用してみたいところです。確かに、各種図鑑、映像、写真でそれっぽいメガネを見かけることはありますが、いまいち確信に触れられていない気がします。そもそもフランスは、第二次世界大戦時にドイツに占領されておりますし、メガネを楽しんでいた余裕があったのかどうか、まだまだ判然としない部分があります。

 

お客さんのメガネ
ヴィンテージのメガネ

18.03.04

トレー頂きました。カッターマットより、断然良く見えます。

お客さんのメガネ。丸メガネをお探しでしたが、丸じゃない変わり種メガネとして、クラウンパントをご紹介致しました。初メガネで初ヴィンテージでして、クラウンパントの存在もご存知ではなかったので、一番良いお渡し方が出来たかなと思います。ちょっと変わっていて良いねという感想が久々で嬉しかったです。クラウンパントも、残念ながら記号化の波に浸食されています。

個人的に、この薄いタイプも好きです。この辺りの年代の、フランスなのかイギリスなのか、クラウンパント系のフレームは、形の良さ、生地の色、各種バランス、作りの良さ等々のフレームの持ち味と、そして一番大事なかけた時に顔の個性を全て奪わずに、そのひとに似合うかどうかが、検討されることが少なくなってしまいました。生地の厚さのみで良し悪しが語られることが多いです。確かに分厚いと物として存在感が増し、カッコいいとは思います。

 

変化
雑記

18.03.03

RE:SUPERCAR2 -redesigned by nakamura koji-

確か2011年ごろのアルバムです。

映画「ピンポン」のときからのファンです。おそらく、そういう入りの方も、ぼちぼちいらっしゃると思われます。

後期のスーパーカーをよく聞いていました。私よりもう少し上の世代の方ですと、前期のスーパーカーが好きな方が多いですね。その辺りの曲は、解散した後に発売されたベスト盤で初めて聞いたタイプです。スーパーカーの存在を知った時には既にHIGHVISIONが発売された後でして、映画を(DVDで)観た後に、CDを買いに近所に走ったのが懐かしいです。人生初めての、自腹を切ったCDだったと記憶しております。

ベタな入り方でしたので、好きな曲もベタです。STROBOLIGHTSとYUMEGIWA LAST BOYは、本当によく聞きました。未だに聞いています。むしろ、ますます聞くようになりました。

それは、写真のアルバムがきっかけです。しかし、買った当初はほとんど聞かずじまいでした。好きなJUSTICE BLACKの為に買ったような感じですね。もともと収録されているアルバムのANSERが、懐かしきCCCD(コピーコントロールCD)だった為、アルバムを買ったときの心持ちは、念願のmp3化が出来るなあ、くらいの感覚だったと思います。特に、先ほどあげたYUMEGIWA…とSTROBO…は、そのときは全く良く思えませんでした。すみません。

今になって聴くと、とても良く聴こえてきます。むしろ、いまはオリジナル版よりも写真のリデザイン版をメインで店内で流しています。リデザイン版も、元々クオリティが高く良い音楽だったはずですが、記憶や思い出に引っ付いてしまったオリジナルと比較してしまい、正しい判断や感じ方が出来なかったと、今になって思います。好きか嫌いか、心地良いか良くないかではなく、オリジナルに近いかどうかで聞いていたのでしょう。もちろんその場合の判断は、アレンジを加えればオリジナルは多少なりとも崩れますから、基本ダメと感じてしまうのでしょうね。ようやく、どちらも好きだなと感じることが出来ています。

無理やりメガネに繋げる感じになりますが、お店でも同様のことが起こります。以前、こちらから勧めてダメだったものが、時間を経て逆にお客さんから能動的に良いと決めてもらったことも何度かあります。それは見ていて本当に面白いです。そこに、色々な要素を排除した、純粋な好きという感情や純粋な物の良さの一端が垣間見える気がしてなりません。その現場に立ち会えるように、移転のタイミングでブルバキを今の形式に一層強く舵切りをした感覚はあります。

 

 

 

 

 

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