カテゴリー:雑記

潤い
雑記

17.12.01

ヤカン買いました。乾燥対策です。これで、ちょっと居心地良くなったと思います。

今日から、吹上で骨董市やっています。名古屋へお越しの際は、ぜひブルバキにもお立ち寄り下さい。私も日曜日には、店のオープン前に吹上に行くと思います。

準備
雑記

17.11.25

ぴったり。自店の胡散臭さが消えたので、やっぱり植物の美しさは良いなと思いました。年末の準備です。

言葉本来の使い方では無いですが、生命の弾みのようなみずみずしさに惹かれることが多くなりました。おそらく、銀無垢とか無機物ばかり眺めているからかもしれません。

サイズ感
雑記

17.11.22

メガネとは関係ないサイズ感について。

コミュニケーション能力とか、その周辺の話になりました。そういえばメガネ屋なのに、そこそこの頻度でその辺りの話になります。メガネとの関わり具合を探るために、仕事の内容や状況の話に行き着くことが多々だからかもしれません。

それが有るとか無いとか、有る方が望ましいのか無くても良いものなのか。それぞれの方の考えがあって面白いなと、いつも聞いております。そのときに考えているのは、その人の想定しているコミュニティの大きさは、どれくらいなのかなということです。

想定しているコミュニティの大きさで、望ましいコミュニケーションの質も変化するでしょうし、お互いの想定しているコミュニティのサイズ感のズレが、望ましいコミュニケーションについて会話している最中のズレに繋がるのでは無いかなと考えています。大きいのか小さいのか、密なのか粗なのか。

メガネの販売でも共通する部分はありまして、カッコいいメガネ、オシャレなメガネと言われた際の「カッコいい」「オシャレ」というワードが、どれくらいのことを包括しているのか。そこをいつも気にしています。加えて、例えば「美しい」メガネと、「カッコいい」メガネの概念に、重なりが有るのか無いのか。有る方が優れているとかでは無くて、有れば一石二鳥のメガネが作れるなと、無ければどっちの要素が生活に欲しいのかなと、それくらいの感覚です。

考えるヒント
雑記

17.11.14

『考えるヒント 小林秀雄著 文春文庫 新装版2004年 p.36』

電話やメールでは上手くいかなくても、会ってしまえば、面と向かって話してしまえば一瞬で解決出来てしまうことは多々です。それが分かりやすく表現されていました。

主張であれば、ディベートの形式になりますから、議論の(内容というよりは)勝ち負けに陥りやすいです。告白であれば、受け止める・止められないの選択になりそうです。受け止められないとしても、目の前で告白されたら、その場をなんとかしようと一緒になって代案を模索することも起こり得そうです。対話の形式に近いのかもしれません。何となく私のイメージですが、非対面の形式は主張になりやすく、対面の形式は告白になりやすい気がします。やはり、顔を付き合わせると、抑制が効くのかおおよそ告白に近いニュアンスになりますね。

ちょっと前に、お客さんと価値観と言いますか、物を買うときの判断基準の話になりました。いまの選別でいけば、お互いの告白だったのでしょう。大枠が一緒ならば、具体的な表現の細かい違いなど気にならないですね。気にならなさすぎて、その部分を忘れています。

もちろん、全て合致していた訳ではありません。完璧な合致は、それはそれで不気味でしょうけど。もし主張同士であれば、その些細な違いから亀裂が生じることもあったかもと考えると、一層不思議に感じます。

ああいう瞬間は、なかなか訪れることはありませんが、その瞬間の為に働いている気さえしてきました。メガネから離れすぎないように努めます。

ダダ
雑記

17.11.06

中原中也から、ダダに流れています。そもそもダダを曖昧にしか知らないこともあって、しっかりとあの詩に共感できなかったので調べることにしています。

「ダダ 芸術と反芸術 ハンス・リヒター著 針生一郎訳 美術出版社 1966年」

もっと虚無的な、諦めを伴うものかと勝手に思っていましたが、全然違いました。対立するものを融かしあうのか、昇華させるのか、まだその違いは読み取れていないです。いずれにせよ、まだ本は途中ですが、「やーめたっ」という感じは受けていません。さらにここからという思想なんですね。

P.64の「…ダダは自然と同様に無意味なのだ。」という箇所、無意味であることと無価値であることを混同せずに述べている部分、簡潔でグッときます。

そう言えばの話
雑記

17.10.27

ちゃんとオープンしてから1ヶ月過ぎていました。早いですね。

初の色メガネとか、サングラスとか、カラーレンズ初めてという方の一回目をブルバキで担当出来ることは、嬉しいですね。

意外に、フレームの形状よりもレンズの色の方が、中心から逸れることに抵抗があるかもしれません。レンズの色の選定は、時間をかけないと中々決めきれないと思います。でもそれは、時間をかける程、フレームをじっくり眺めたり、メガネを飛び越えて合わせたい服、掛けたい場所、会いたい人をイメージすることに繋がります。メガネだけに関わらず、そういうときが一番面白かったりします。なので、時間を掛けたら良いと思います。

度付きだからといって、自動的にクリアレンズを入れる訳ではありません。屈折率の選択だけでは終わりません。今まで意識をしてこなかったことに対して、逐一選択を迫られることは、煩わしいことと察します。ですが、最後はそれがメガネの楽しさに繋がると考えておりますので、ぼちぼちお付き合いください。

 

閲覧用
雑記

17.10.22

メガネの資料を久々に追加しました。

「建築写真文庫116 時計・貴金属・眼鏡店 彰国社 1960年」

2年以上、名古屋の古本屋で見つけられないかなと探しておりましたが、諦めてネットで買ってしまいました。

1960年ごろの眼鏡屋の様子が垣間見えます。また、商売の分析とその商売にあった配置や照明プランを仮説として載せていたり、図鑑のようであり、はたまたビジネス書でもあるような不思議な本です。そして、装丁がカッコいい。

今回、この本で店の内装以外に驚いたポイントは、店内の物量です。60年代も、結構在庫あるんですね。70年以降は大量生産の時代だから見劣りするとか、ヴィンテージの多くのカテゴリーで60年代以前を本物と見做す傾向が何となくある気がします。

それぞれに数だけでは無い、魅力がもっとあるはずということでしょう。

様式
雑記

17.10.21

様式について。

観葉植物があります。開店祝いで頂いたので、何とか1ヶ月を迎えたくらいです。

わたしは、朝顔を毎年育てるくらいで、観葉植物は未知です。観葉植物とかの水やり、適度にとか、1ヶ月に一回程度とか、曖昧なほど難しいです。サボテンも、不安に駆られて水をあげ過ぎ、腐らしたことが度々。

植物は言葉が返ってこないから難しいですが、対人でそんなこと言っていたらモテないですからね。商売の練習と思って、葉っぱをなでなでしながら、察する練習をしております。店内は、綺麗にしたとしてもホコリっぽい古い物が多いので、確かに緑の水っぽさは清潔でいい感じです。

頂いてすぐ、9月の異常に暑かった日に、不注意で日光を当て過ぎて葉焼けを起こしてしまいました。瀕死気味でしたが、やはり葉っぱをなでなでしながら水のタイミングを計り、なんとか持ちこたえました。

葉っぱの水々しさはある程度回復したのですが、シャキッと感が足りないので、これが肥料が足りない合図なのかと思い、肥料を買うことに。新栄だと近くにホームセンターが無いので、帰りの道中で買うことにしました。

流行りのライフスタイル提案型ショップなら、高くてもオシャレでストロングな海外の肥料が置いてあるだろうと、ボンヤリ思っていました。そこが甘かったですね。肥料は無いんですね。器とか道具は一杯あるのは何となく知っていましたが。

眼鏡屋において、いまの肥料に当たる物は、何が相当するのか考えさせられました。そういう自分も、足りない部分ありますからね。そうは言ってもどこまでが守備範囲か?という観点もあります。

ただ、スタイルとか様式というからには、必ずそれらを醸成するために時間を掛けてあげないといけない訳です。安心して時間をかけることが出来るように、不安となるものは取り除かないといかんですね。

本日の戦利品
雑記

17.10.18

本日は、ご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした。おかげさまで、お世話になった人同士が、良い感じに繋がりそうです。

そして、骨董市で寄り道していました。すみません。

そのなかの一つ。陶器製のコンセントプラグ。かわいいので買ってみました。絶縁体が、陶器くらいしかなかったんでしょう。

どうしようも無い感じに汚かったです。ネジがサビ、テープが固着しておりましたが、メガネを直す要領で手を施しまして、まあまあ回復しました。

メガネも、例えデッドストックであろうと漏れずに当てはまるのは、時間を掛けてあげれば、その分だけやっぱり良くなるということです。そのリターンが嬉しいですね。古い物が好きな理由の一つです。

様になってきました
雑記

17.10.14

頂き物。のっぺりした置物と、壁以外照らせないスタンドライト。どちらも、意味の無さ具合がいいですね。それが一点ものではなく、ある程度のボリュームで作れたということが面白かったり、羨ましいところであります。自分のメガネにも通ずる、いい物を頂きました。ありがとうございました。

はじめから、この部屋を見て今の配置や置きたいものが頭に浮かんだわけではありません。大物棚を一つ勢いで買ってみたところから、自然に集まり始めた物や、たまたまその辺にあったものや、頂いた物を置き始めていたら、何となく形になりました。これをどうしても置きたい、こういう空間にしたいというイメージが予め無かったので、まさか最終的に、この店がこうなるとは思いませんでした。それ故に自分だけで作った感覚は無いですね。自分以外の要素が混ざった、ごちゃごちゃしているけど落ち着く感じだとは、自分は思っています。自分の好きな空間というものを、初めて持つことが出来ました。ありがとうございました。これからも、ごちゃごちゃさせていきます。それと居心地の良さが噛み合うように努めます。良い検眼には必須ですからね。

加えて、そろそろメガネも充実させないとですね。

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