カテゴリー:雑記

現在の興味
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18.05.28

名古屋から新栄まで歩いている時に、途中で日動画廊さんを横目にします。何故か、今日は絵が眼に飛び込んできました。

写実絵画、風景画です。建物等の輪郭が、ぼかしているのか何なのか、幻想的までいかなくとも、妙に浮遊感が漂っており、その表現も好きでした。それともタッチが特殊なのかイマイチ判別出来ませんでした。

価格をみて、2019年なら…という感じです。先日の銀のメガネといい勝負でした。もっとするかと思っていました。昨日、一昨日と終電が続きまして、頭にモヤがかかっていましたが、拝見して一瞬でモヤが晴れました。気分が乗ってきたので、ようやくこれを書いています。

穴畑三千昭さんという絵描きさんでした。私より10コほど上です。いまから10年経ったときに、この絵に匹敵する美しさを生み出さないと同じ地点に立てないと考えますと、いまの足場もまだまだですし、辿りつけるのか不安にもなります。ただ、絵は美しく、何も考えなければ癒されます。

いまの店に何か絵を飾るとなると、抽象画の方が合うかなオシャレかなカッコいいかなと考えていました。ですが、自分がメガネを販売するときと同じですね。その制約条件は取っ払えば良くて、美しいと感じるかどうか、その条件で判別すれば良いわけです。むしろ、例えば銀のフレームと感覚をリンクさせるのであれば、美しいかどうかという、その基準で選ぶべきだなと思い始めました。

おかげさまで、ある程度什器も揃いましたし、来年は頑張って絵でも買うかもしれませんし、やっぱりビビってやめるかもしれません。

今日の帰りも、横目で見るのが楽しみです。

意外に困った
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18.05.25

コピ・ルアックの豆を頂きましたが、私にコピ・ルアックの芳醇さを全開にさせる腕が無くて困っています。そろそろ2週間経つので、ガスが抜ける前に飲まなくては…。

コーヒーと考えると高いですが、無垢のメガネのてっぺんや、ヴィンテージメガネのてっぺん(何がてっぺんに値するのかは置いといて)を経験するよりかは断然安いので、そう考えますとメガネは高いですね。銀色の鼻パッドのてっぺんは、6万円くらいですからね。

新聞記事から
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18.05.18

店に置いておきます。形なきものを吟味するという副題です。

匂い、嗅覚を話の手掛かりに、形なきものを形なきままに精確に捉えて吟味することについて書いてあります。

何か、絶対的な良さが色々な分野でそれぞれにあればいいのですが、どうやらそういう訳でも無さそうです。例えば数学であれば、無矛盾なルールがあったとして、そのルールは自分の無矛盾さを、そのルール内では証明出来なかったりします。完全に潔白な人間でも、他者から見たらグレーという感じでしょうか。ちょっと違いますけど、大体そんな感じです。

メガネで言えば、検眼とその値がまずは該当します。なにか一つ正しい値があって、それにどれだけ近づけるか?そういう構造は、未だに存在しておりますが、それでは不十分です。測定値に加えて、お客さんの生活があって、メガネとの関わり合い方があって、主訴があって、その上でレンズとして物理的に無理なく左右に度数が組み込めるかがあって、レンズカーブとフレームカーブの問題があって、さらにそれが慣れられるかどうかがあって、、、ようやく‘良い度数’みたいなものが立ち籠めてきます。絶対的では無いです。

ただ、絶対的な、安定した基盤みたいなものが無いという状況から、何かを探求するというのは不安なことです。何となく分かっても、実際にそのように振る舞うのは大変難しいです。

自分の話で申し訳ないですし、それは結局、普段の店と同じことですけど、その不安をかき消すために、ほぼ毎日同じ時間に起きています。同じ時間に準備をして、同じ時間にほぼ同じ昼飯を食べ、店を開け、閉め、家に帰り、同じ時間に寝ます。生活を機械的に、絶対的にしようと無意識にしていますし、それの方が安心します。安心していると言いますか、その機械化は無意識ですから、そこから逸れるとはじめて不安を覚えるという方が精確です。

ですから、ざっくりと形なきままに捉えることは理想ですし、それに近いことは多々ブログにも書いてきましたが、その実現は中々難しいなと、未だに唸っています。

近くの映画館
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18.05.15

日曜日は休ませて頂きました。ありがとうございました。

店から歩いて5分くらいの映画館に行きました。名演小劇場です。ブルバキのついでか、映画のついでか、どちらかで店に寄っていただけると有難いです。ぼちぼち新栄も、食う所、喫茶店、映画等々の時間を潰すところがぽつぽつとあります。

『ラジオ・コバニ』という映画を観ました。70分くらいの短い映画ですが、あの内容で120分だと重すぎるので、ちょうど良いです。

人間の力強さに、ただただ感心しました。何でもかんでも自分に重ね合わせて感傷に浸るのもどうかと思っていますが、でもやはり、東京で全部が無くなったことを思い出しました。どうやって今の店が出来るまでに至ったのか、詳細は忘れてきましたが、それも再生の一環なんだろうと思います。

次に観るのは『29歳問題』でしょうね。久々に映画熱が高まってきています。

椅子の修理
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18.05.15

薄々感じていましたが、ゴールデンウィークに完全に露呈しました。いよいよ、店内で待つ時の椅子が足りていないです。

ということで、重い腰を上げて買ってみました。背中のアールが心地よいです。一昨日から置いています。これの年代は分かりかねますが、デザインが産まれたのは60年ぴったりだそうです。脚から脚へとしなやかに延びる、曲木の曲線に惚れました。スペースエイジ感があります。

肘かけが破損しておりますので、直しました。元々はビニール素材で釘留めをしておりましたが、ここはこだわって皮籐で巻いてみることにしました。ここ最近、鼻盛りが続いているので気晴らしです。

はじめは、解けたのを糸で留めてありました。何とかしようとした形跡がありました。長く大事に使っていたことが伺えます。

反対は巻きが生きています。年代的に、プラチックとか樹脂の地位がそんなに低くなかったのでしょう。拘っていないとかではなく、肘かけ部分だけ樹脂が使用されています。塩ビみたいなテープで、終端は釘留めしてあります。

 

そもそもこれが皮籐という名称であると知るところからスタートでした。

水に浸けます。張りがあって、曲げてもピンと真っ直ぐになる皮籐も、水が染み渡ると癖付けが出来るくらいにしなやかさを得ます。それで巻くだけです。

終端の処理は、巻き込ませて引っ張ります。木工用ボンドを噛ませて、緩み留めもしておきます。目一杯引っ張っても、全然ちぎれる様子が無いです。あとは、乾燥すれば締め付けが一層強くなり、一層しっかりとするみたいです。明日が楽しみです。

メガネもそうですが、修理は面白いです。長く大事に使っていると、物の特性みたいなものが滲み出てくる気がします。それを観察して、実際に触れることが今は何よりも楽しいです。やれる範囲の様相であれば、ジャンル問わずに節操なく修理に挑戦していたりします。

お知らせ
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18.05.04

本日、そう言えば掃除機が壊れました。モップをかけて水拭きしておりますが、出入りも多く埃っぽいかもです。伝え忘れていました。ご容赦ください。

今日も営業しておりました
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18.05.03

店終わって、21時半に書いています。事後報告だと意味ないですが、今日もやっていました。過去のブログが、4日の木曜日になっていました。間違えていましたね。信じて来て下さった方、ありがとうございました。

明日、4日の金曜日は通常営業です。ちなみに13時頃に来店の予告を頂いています。その時間帯は入店不可ではありませんが、重なればそちらを優先します。それだけお許しください。

帰還しました
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18.05.02

骨董市から帰還しました。店開けます。

過去最大級に悶絶しました。セイコーのワンプッシュクロノ、プラスチックベゼル2本、ワールドタイマー初期、茶馬、久々にセイコーの60年から70年代のオールスターを見た気がしました。特にワンプッシュクロノのプラスチックベゼルで悶絶しておりまして、今回は見送りました。見送りましたが、心を会場に置いてきているので、気もそぞろでこれを書いております。

二つ目クロノの、ランデロン48を実際に触らせて頂けたのも良かったです。ヴィーナスは番号忘れました。恐ろしいくらいに上品でした。3年ぶりくらいに、蓄積された物欲と言いますか、色々使ってみたい欲が沸いてきました。様々な緊張が解けてきた感覚があります。

で、眼鏡は写真のものを買いました。骨董市で眼鏡を買うのは何年振りでしょうか。基本買わないです。

ジャンクの中にありまして、ケースが最初は良いなと思って手に取りましたが、開けてビックリでした。当時のSPMの手彫りです。切削面の角の立ち方、力を込めたときの跡のつき方から間違いないでしょう。何本もじっくり見る、または本物を使ってみれば、すぐ気付けるようになります。

おそらくフレーム形状から1920年頃の物と推測できますが、その年代の無垢の手彫りは初めて見ました。この手の時代の物は、割とゴロゴロ転がっていますし、使えない(装用感の悪さ)ので買わないですけど、無垢の手彫りにはやられました。私にとっては大事な資料です。

鼻の部分が折れて、紐で結んであります。直そうと思えば直せます。ただし、販売する気もありませんのでそのまま置こうと思います。

驚いたのは、智の部分です。爪智タイプです。爪が一切えぐれていません。SPMの硬さは本物ですね。コンパクトで直線的なデザインも素晴らしいです。これは、いつか再現したいディテールだなと思います。

ちゃんと、眼鏡の成果も挙げております。それにしても今回は、自分の好きなゾーンが多かった骨董市でした。みなさんもどうぞ。

いま読んでいるもの。
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18.05.01

文芸誌というものを、初めて買いました。買った理由としましては、表紙の内容に惹かれたわけではなくて、数学の講演を聞きにいっている森田真生さんの「計算と仮説」を読みたくて買いました。総ページ数が10ちょっとなので、検眼で相手を待っているときにでも読んでみてください。特に、純粋計算批判としての認知科学の章は、面白いです。発展し続けているAIを、むやみやたらに怖がらず、フラットに接していく為の姿勢や態度の手がかりがある気がしました。

ただ、何だかんだで表紙の日記のリレーも面白いです。2017年のその時の自分と重ねながら読みますと、自分が悩んでいるときに他人もしっかり悩んでいるなと、妙な安堵感が得られました。みんな、いい歳でも悩んでいますね。悩んで良いんですね。

とくに、日記という形式で依頼されている為だと思いますが、朝飯や昼飯を毎日書いている人は面白いです。当たり前のことですが、スゴイ人も人間だなと思いますし、そういう部分が最近は、まあまあ気になります。どんな人でもおおよそです。

先日の日報
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18.04.24

先週の土曜日は、休んですみませんでした。おかげさまで、勉強出来ました。

数学における普遍性の変遷を辿る回でしたが、それは数学に関わらず当てはまるなと思いました。普遍性が時の流れとともに変わるというのも、何だか馴染みにくい話ではありますが、言われてみれば確かにそうだなあと気づきます。

また、店でメガネから話が逸れたら、その辺のことも喋ります。上手くここでかけるくらいに、自分でもしっかりと理解が出来ているわけではありません。ちょうど、自分の店に対してそんなようなことを考えている最中でしたので、納得が出来ていないだけかもしれません。

 

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