カテゴリー:雑記

教えてくれないから
雑記

19.10.02

インスタグラムのプロアカウントってのがあるんですね。サイト分析みたいなのが付加するようなアレです。誰も教えてくれなかったので、今さらやってみました。

結構見てるのね。まあでも、びっくりするよね。インスタからジャンプしたら分けわからん、村上春樹を読んだ感想だったりした日には。今は大体、インスタで告知してウェブでがっちり紹介orサクッとウェブ販売のように、連動させるのが王道でしょうからね。

ただただ感心してしまいました
雑記

19.09.29

お客さんに教えてもらって、栄のユニクロへ。冊子まで作るとは。フルカラーで、120ページです。しかも、面白いです。恐るべし巨大資本と、様々な天才の衆知といった感じです。こういうのを見ると、皆んなで仕事をしたくなります。天才では無かったということと、他人と連めないというダブルパンチで、結果ひとりです。しくしく。

やっぱりなあと思ったのは、特集の柳宗理のアトリエの取材ページですね。

大きいところがそこをやってくれるから、個人は何を突き詰めようか?みたいな余裕が出てきます。この問いは分割して考えるべきで「何を」と「突き詰め方」のそれぞれと、その組み合わせも考えなくてはなりません。

1年以上ぶりに、パパッと買ってみたんですけど、あのセルフレジはすごいですね。一体全体いつからですか?本当に驚いてしまって、小さくおおーって呟いてしまいました。

やっぱり気になる
雑記

19.09.27

エッセイを読んでいますと、30歳くらいのときに急に書き始めた小説というものが、どんな作品なのか気になって、昨日はそれ読んでいました。

「風の歌を聴け 村上春樹著」

私は、めっちゃ本を読む方では無いため、この感覚はあてにならないとは思いますが、無いところを自分なりに作ったんだなと感じました。ビビりました。日々働く中でいきなり、こういう小説を書こうと思いつかないもんなぁ。

フランス映画の見方をお客さんが教えて下さって、フランス映画全般だったか、ある監督の作品に対してだったか、起承転結の起承で終わる感じが良いと仰っていました。寸止めの悶々とする感じらしいです。

なるほどそうか、私は結を欲しがり過ぎているんだなと、そのスタンスで見るんだなと改心したのが先週末でした。それもあって、割とすんなり読めました。特に感想は無いんですけど、肯定的な感想の無さです。一般的に、結に対しての感想や、結に至るまでの分析が為されることが多いんだなと、そんなことも感じました。結があれば、読む側はスッキリ何かしらに分類して、ラベル付けして心を片付けることが出来るのでしょうけど、そうさせない小説って、そうか初めてなんだな。

なので、無理やりメガネに関連させることもなく、ただ読んだという報告のみです。

サングラスの未解決問題
雑記

19.09.17

差し入れで頂きました。下北沢のイベント中、お天道様の下で夢中で読んでいました、ごめんなさい。

これはすごくてですね、1967年の日本で既に、しかも男性においてサングラスのオシャレが考察されていたという証拠が得られたということになります。どうなんでしょう、50年前より我々のサングラス観は進歩しているんですかね?

診断者に石津謙介が含まれております。超豪華です。読んでみるとわかるのですが、結局、どうとでも言えるよねって感じです。つまりは観測者次第という話で、それだったら好きなものを自信をもって掛けるだけかなと思います。ブルバキとしては、楽しいという感覚が、こうしなくてはならないという理性的な作法によって消えないことを願うばかりです。

この部分は、サングラスどうのこうのは別として、大事なことを伝えてくれていました。

石津氏「…サングラスのおしゃれが身についていれば、常識的な批判など問題じゃないと思う。」

この、「常識的な批判など問題じゃない」瞬間が存在し得るということが、なんだか心強いなと。何時も常識的な批判を無視することはもちろんナンセンスでしょうけど。大人がこう言ってくれるのは凄いですね。VANがブームになった理由が垣間見れました。

眼鏡屋の観点からの指摘もすごく良い。めっちゃ分かります。

まつ毛が付きますし、ズルッと下がりますから、当店でも鼻盛り等々行います。高さは出し過ぎないのが鉄則です。頂間距離と言いますけど、割とカッコよさに繋がる部分というのは同感。顔に近い方が、何となく外人ぽくて、かけた姿がカッコよく見えます。

⑩の褒め方も良いです。いま、こんな褒め方する雑誌無いなあ。表情とあってるとか良いですね。

東京で感動したこと
雑記

19.09.16

下北沢から、なんとか線で乗り換えなしで新宿まで行けるので、14日は新宿のビジネスホテルに泊まっていました。洗面所、トイレ、風呂、全部共同の簡素なところです。あの立地にしてはおそろしく安いのにも関わらず、設備は古くても清潔なので、何だかんだリピーターです。

イベント終わって(正確には終わる直前、最後のDJイベントは参加せず帰りました。なぜなら、そのビジネスホテルは風呂の時間と門限が決まっているからです。付き合い悪くてごめんなさい。)、ホテルに向かうため新宿の南口に出たところ、ネットで有名になっている人が路上ライブしていました。出口を出た瞬間に、このリズムは!!となり、人だかりを目指して行ったところ、一心不乱にリズムを刻んでいました。チャパディジュリドゥさんです。バケツドラマーMASAさんという方と、一緒に夢中になって演奏しておりました。たぶん豪華版なはず。たまたま生で拝見出来たということ、ややイベントでフワッと軽やかに立ち回れない・立ち回りたくない駄目さと意固地さの葛藤を抱えてオーバーヒート状態となっていましたから、あの周りが見えないくらいに没入している二人の姿とその出来上がった物に、ひどく感動をした次第です。対立する片側の消去、対立の融合ではなくて、葛藤の消去なのかと。

反復と増幅で気持ちよくなっちゃってグルグル回って踊っている外人さん達と、グッと聞き入っている方と、アレは何なんだとややおぞましく眺める方と、混ぜこぜなのも良かったです。

ドラマーの方の紙は、個人名とケータイ番号もろ載っているので、載せるのはやめておきます。店にカード置いておきます。

ありがとうございました
雑記

19.09.14

ほぼ組織票でした。ありがとうございました。ソーシャビリティと言うんですかね、それとコミュニケーション能力の差が如実に分かった1日でした。

明日はどうしようかなと。色々疲れたので、国立博物館で、とりあえず何かしら国宝でも見て、大丸で芋きん買って、すぐ帰るかもですね。

レクサスは1回だけしか見なかったので、名古屋の異常さにも気付けた1日でした。

考えることの延長
雑記

19.09.14

書いてるいま、新幹線です。

昨今は、自転車通勤になりました。音楽を聞く機会が減ってしまいました。今回、下北への移動で久々に2時間ほど手持ち無沙汰な時間が得られましたので、アイポッドで小林秀雄講演第2巻を聞いています。チャプター『「考える」ということ』が、さらりと身体に入る瞬間がありました。

他のヴィンテージメガネ店に通っている方の出入りが増えました。それはそれでありがとうございます。おそらく、大きな違いは、この、考えるということの違いだと思います。

考える、つまりは見ると言い換えても構わないと思います。それが観察ではなくて、講演の言葉を借りれば、交わることを意味しています。様々な要素、ラベル、観点、それらの消去を目指し、自分に取り入れることをしてみたい衝動が無いですかね。アノニマス自体が標語となりブランド化していく中で、それは非常に難しいことなんですけど、もし出来たら、そこにかなり純度の高い自己が顕在化するのでは無いかなと思っています。信ずることと考えることの同一化が、そこに成されます。何を信ずるか、自分自身です。

ちょっと前の「変態」にも通じますが、考える=観察する=見るという等式において、変態というシャッターは発生すると考えています。個人個人に容量がありますから、全部には交れ無いですしそれで良いんですけど、今日も散々言われるんだろうなと。その中で一人だけでも、別にブルバキの存在と交わる意思はあってもなくても構いません、持っていったメガネと交わろうとして下さる方がいらっしゃれば、今日はそれだけで救われるだろうなと予感がしております。

流れを体感中
雑記

19.09.09

変態という言葉が、褒め言葉として用いられるようになって久しい気がします。この2年間、ぼちぼち私にも向けられたと思います。ありがとうございました。

昨日の日曜日、家を出る前にテレビを見ていましたら、変態グルメ特集がやっていました。あぁこれは遂にだな。ある程度どのような世代でも、変態という言葉が敢えて褒め言葉として使われるということが、とうとう認知されてきたのだなと感じました。

個人的な手応えで言いますと、凄いとかは、取り入れようとして距離を詰めようとして褒められている感覚です。変態は、距離を確保して褒められている感覚です。

ベクトルっていうと、例えば風が思い浮かびます。要は、向きと強さに分けて考えることも出来るという話です。変態は、向きの否定まではされていないと思いますが、強さだけを褒めるときに使うんでしょうね。では、向きだけを褒めるときは何でしょうか。分かるわーとかですかね。

いずれにしましても、そういう感覚があります。私だけかもしれません。

こ、これは、、、
雑記

19.09.08

ダチョウ倶楽部形式の場合、行かないのが正解になっちゃうんですよね。難しいですよね、逆にその形式を知らない人に対しては、絶対来ないでねという謳い文句のチラシというのが意味不明でしか無いですから。

鳥獣戯画のと組合せが素敵でした。店からは、徒歩だとちょっと距離がありますけど、歩けない距離では無いと思います。

昨日見た映画
雑記

19.09.06

その1。ゴダールの軽蔑。

とにかく、ブリジット・バルドーの尻という感想ですね。あの冒頭の。この感覚はあれに似てますね、バーバレラ。あれもオープニングの無重力脱衣が全てですから。

映画中に気になったんですけど、色で心を表しているじゃないですか?赤は興奮で、青は冷めてるみたいな。そういえば、どの箇所のソファーも真っ青だったなと。そうしますと気になるのは、みんなでイタリアに行って談話しているときです。通訳役とブリジット・バルドーが黄色なんですよね。ここもソファーはもちろん青色。青色と黄色は補色の関係ですし、すごく脳にズドンと映像が残っています。信号式に、青と赤の間という感情を黄色が指しているとして、それは何なのか。でも黄色って、割と元気で明るいはしゃいだ雰囲気のカラーなイメージがあるんですけど、そのシーンに全然そういう雰囲気はありません。女の人の黄色の感情ってなんだ!ってモヤモヤしました。難しいですね。

その2。トロン。

ディオールの服を見たときに、トロンだなと思ったくせにトロンを見たことが無かったので見てみました。1982年でこれだけCGを駆使していることに驚き。ネオン管が身体中に巡っているような衣装もカッコいいです。アラン(トロンの開発者)のメガネもカッコいいです。上手く言えないんですけど、全体の雰囲気が良いです。今に無い感じです。

軽蔑の後に、これを見ました。軽蔑で、女心の難解さを叩きつけられ、休日なのにもやもやとした気分になったので、ディズニーのSFでスカッと、男と女とかそういう主題はやめて、迫力があって楽しかったなぁと、晴れ晴れとした気分で一日を終えようとしたんですけど、まさかのまさかで裏切られました。油断していました。このパッケージをみると男女ペアがいますけど、もう一人メインキャラで男性がいます。最後の方で、それぞれ別のタイミングで女性がどちらにもチューします。もうね、おじさんは?が止まりませんでしたね。なんで?どっちにもチューした?どんな心持ちで?まさか、これが黄色の感情によるチューなのか?みたいな。ホントにビックリしました。

テンポが良くて面白いです。エンディングの余韻の無さも必見です。

_170831bk

pageTopLink