カテゴリー:雑記

本年もありがとうございました
雑記

18.12.31

お世話になりました。おかげさまで、終わりがけはバタついて、今になって締めの言葉が書けています。

一年で、かなり店らしくなりました。飾る棚も満足に無い状態でしたが、それっぽく整えることが出来ました。2019年は、店内空間よりも商品に一層の力を入れまして、メガネで楽しんでもらえることに、より注力いたします。

新年は、5日から開けます。4日も、年末分の加工を全て仕上げる為に店に居ると思います。接客は出来ないですけど、暖はとれます。

写真は、28日の骨董市で買った札です。見渡す限り無駄だらけの店の、渾身の自虐ネタです。

それでは、良いお年を。

年内最後の古書市でした
雑記

18.12.18

16日に、鶴舞の古書会館に行ってきました。日曜日の朝、店を開ける前です。

年間スケジュールを確認しますと、何だかんだで、2週に一度は何かしらの市が開かれています。思い立ったらすぐに行ける距離ですし(徒歩20分)、とりあえず通い続けます。

今回は収穫は少なく、暮らしの手帖という無難なピックアップとなりました。ブームが去ったのか、欲しい人に行き渡ったのか、格安で床に10冊ほど寝ていました。その中から1冊だけ。珍しく表紙が眼鏡なのに、眼鏡の製品テストの号では無いです。

冒頭の写真は、“シンプル対ゴテゴテ”というタイトルのエッセイです。田辺聖子さんが書いています。どうやら一世代前にも同じようなことが書かれています。終わらない、答えの出ない対決みたいですね。無印良品の誕生が1980年の頭だったはずなので、その頃はシンプルに勢いがあったのは間違いなさそうです。

この本だけピックアップしたのは、まさにこのエッセイの

「…人生のなつかしさはゴテゴテにある。」

という一文に心を持っていかれたからです。対立に対して、なつかしさを持ってくるという発想に感動しました。確かに、振り返りますと、ああだったなぁこうだったなぁ、今となっては笑えるなぁと、人生におけるゴテゴテのお陰で、現在が成立している気がしてきます。

予期せぬ来訪
雑記

18.12.14

東京から、はるばるお越しいただきました。インドに行ったことがないという、発想の転換が凄まじいです。以前、BSのとある番組で見かけて、面白いコンセプトで悔しいなと感じ、記憶に残っていました。また、妄想インドカレーという響きもキャッチーで悔しいです。例えば、“妄想メガネ・ブルバキ”ですと、ただのスケベ野郎みたいな響きですからね。

まさか名古屋で、そして自分の店で会えるとは思いませんでした。続けていると、面白いことが起こりますね。どんな味のカレーなのか、ますます妄想が止まりません。

今週は他にも、よそのお店からのご紹介で来てくださる方が多く、意外に見られてるなと感じました。ご紹介と言いましても、向こうもこっちも会ったことがなくて、何となくお互い認知している感じです。お笑いの吉本式だと、お店の歴で先輩後輩が決まります。ということは後輩に当たる私が、基本は挨拶に来いよと、思われているんでしょうね。

マスカットのような酸味とか云々
雑記

18.12.14

ブルバキから徒歩2分程の場所に、コーヒーの焙煎所があります。にわかに信じがたいと思いますが、ファミリーマートを越えて左折し、久遠寺で右に曲がるとあります。入り口のガラスから奥を覗きますと、デカイ焙煎機が見えます。

個人にも販売をしてくださるので、初めて買ってみました。袋がいい感じです。コーヒーまみれなので、店の匂いもいい感じです。土日休みでした。

 

「どんな味が好み?」

みたいに、まず聞いて下さりました。初心者に優しいお店です。この時点でリピート確定です。酸っぱいより苦いと答えて、おそらくブレンド?を買いました。

そもそものきっかけは、このミルを頂いたからです。扶桑軽金属のもの。明治村の帝国ホテルっぽくてカッコいい。メーカー名もゴツくてカッコいい。一回バラして、サビ取りだけしました。刃の調整とかあるんですかね。とりあえず、形として元には戻っています。絶妙なバランスが崩れたかもしれませんが、もう遅いです。

そういえば今年の骨董市では、ヴィンテージのミルを販売している方もいらっしゃいました。その時に、こういうのもヴィンテージの世界があるんだなと、感心した記憶が残っていたのも、きっかけとしてあります。そんな話を他人に言いまくっていたら、自分の元に偶然来たので使ってみます。

コーヒーの味はそこまで詳細に識別出来ないので、とりあえずいつも通り物から入ります。私が、大地の香りとマスカットの様な酸味が…みたいなことを言ったときは、大体分かってないです。

暇な休日
雑記

18.12.07

新しい生活のリズムに慣れてきまして、昨日の休日は、念願の暇を手に入れました。午前中からずっと家で本を読んでいました。

それが、写真の『暇と退屈の倫理学』です。本屋さんで見かけて、まず題名でグッと来て買いましたが、多分お客さんに教えて頂いた本だったなと、書いていて思い出しました。

まず序章、〈「好きなこと」とは何か?〉という章題で、すでに読んでみたくなった方がいらっしゃるはずです。とにかく、通読しないと意味がありませんし、私のような浅学な者が掻い摘んで要約など拵えることは到底出来ない内容でした。ただし、今年で一番、いや読んできたものを思い返してみても、近年稀にみる感動を覚えた本でした。自分にとって大事な一冊になったと思います。

お店を構えて1年あまり、定常状態が実現されつつあります。そこに不安を感じていた時期です。居候の豊橋時代を含めて3年、荒波しかない毎日でしたから。その先に訪れる平静、まさにそれが本に出てくるハイデカーの退屈の分類に当てはまりました。退屈の第三形式です。何となく退屈というやつです。

そして、本に書いてあるダメな解決例、まさに大きな決断をするべきか、それともしないべきか考えているところでした。決断をしたところで、またその決断をベースとした定常状態が訪れるわけですから、長い目で見れば繰り返しているだけです。その永遠に終わらない循環によって疲弊し、自己喪失するところでした。

この本の題名は緻密でして、倫理学となっています。つまり、何を為すべきか、暇と退屈に対して、人間としてどういう態度で接していくのか?みたいなものがふんわりと提示されています。このふんわりさがミソだと思っています。通読すると分かります。

ジェネシス
雑記

18.12.04

『事物起源辞典 和田健次著 京文社書店 1936年』

先日、一年を締めくくる吹上の骨董市がありまして、例のごとく行ってきました。メガネ以外の古い物を見ないといけないな、という仕事の感覚です。特に骨董市は、年末は気合が入っていますから、私が拾えるようなものが少なかったりします。ただ、清濁合わさった中で、ギラついた目線を掻い潜りながらアレコレ見るのは楽しいです。

凄いものしかないとは言いつつ、基本的には出かければ何かを手にして帰ることを心がけています。あの吹上ホールに、山盛り物があるわけです。そこにまみれて、帰るときに手ぶらだとすれば、見つけれなかった自分の目を疑うようにしています。とりあえず何かあるはず。

その何かというものが2,3年前は、ちまこました民藝品だったり、どっかのお土産だったりしたものですが、いまは買わないことが増えました。昨今は、それらを骨董市にて手にすることが、好手として定石化されつつあります。そうなればもはや、オシャレな雑貨屋さんでかわいらしい物を買うのと、精神の構造は同じです。せっかくの骨董市ですし、そうなっちゃうと途端につまらないと感じる性格ですから、もう少し他の物を見つける努力をしています。何の為か、見失いつつはありますが。

ということで、初めて骨董市にて本を買ってみました。タイトルが良いです。創造主として、世界を掌握した気分になれます。時代的に、やや本気で、それに準ずるような意図があったかもしれません。

インスタにも載せた、眼鏡や眼鏡にまつわるエピソードも載っています。特に、蜻蛉メガネの流行に関しては、ブルバキ所蔵の組合の資料等々にも記載があり、どうやらホントにホントっぽいです。伊達メガネの歴史も中々古いというのは、眼鏡の本質を考える上で大変興味深いことです。

あれからじっくり読んでみて、「日曜日の始」の項目が、かなり衝撃的でした。

ヌーヴォー
雑記

18.11.30

新栄町の駅から直結で行けるヤマザキマザック美術館ですが、そういえば行ったことなかったので、昨日行ってきました。

 

ヤマザキマザック所蔵の、アール・ヌーヴォーの家具類が凄すぎます。浅井忠とリンクさせて展示しているはずですが、ヌーヴォーが強すぎて、感想は全部ヌーヴォーに持ってかれます。個人的には、ヌーヴォーが前に出過ぎ感も少々ありましたが、そうは見られるものではないはずなので、満足しました。

2.5メートルくらいある食器棚とか、どうやって運んだのか、送料だけでも相当でしょうね。そりゃ、ぐいぐい見せたくもなるでしょう。今まで他所でもガラス細工や標準的なサイズの棚は見たことがありましたが、ダイニングの部屋丸ごととかは初めてでした。圧倒されて腰抜かしました。

何となくですが、アール・ヌーヴォーのイメージは有機的で親和性が高くて柔らかい雰囲気がある等々でしたが、本気のヌーヴォーは、ちょっと尊大な感じで畏怖を覚えます。

日々の諸々
雑記

18.11.27

価値観の話になりましたが、確かにと思ったのは、選ぶものが一緒だからといって、同じ価値観とは限らないということですね。ものは考えようで、選ぶものとか具体的な表現があまり一致しなくても気にすることは無いってことにも繋がりますから、ある意味それは救いです。

 

南部鉄器入手
雑記

18.11.19

本日、ようやく通常営業を再開出来ております。

南部鉄器を頂きましたので、今年のお茶は美味しくなる予定です。検眼等々が長引く場合は、かなり気まぐれにお茶を出す時があります。その時をお楽しみに。

付属していた栞が、やや面白いです。関西風すき焼きを褒めちゃっています。岩手県なのに。

こんな風にフラットに感じられたら良いなと思いますし、それをトゲを出さず好きだと発信できるのは羨ましいなと思いました。

新たなる収集目標
雑記

18.11.01

最近のささやかな楽しみです。保谷クリスタル収集です。これらと、あとは載せていない大きなボウルがもう一つあります。今度は花瓶とか欲しいですね。

謳い文句がかなり良いです。豊かな家族の食事の風景が浮かびます。想像を湧かせ、ワクワクさせます。勉強になります。

「フルーツ皿としてなじみ深いガラスのお皿です。でも、あなたは、自由にお使いになるでしょう。あなたの演出が、楽しい場をつくるでしょう。」

個人的には、フルーツ皿と無縁な家族で育ちましたから、何乗せて食べたら良いのか思いつかないまま買ってます。メガネのディスプレイで使うかもしれません。

ネットの力を使わずとも、まだまだ店頭だけで楽しく集められますし、“HOYA”というメガネにも繋がる部分がありますので、とりあえず始めてみました。けっこう透明度が高く、トロッと感もしっかりあって綺麗だなと感じております。歴史は長く、1945年から2009年まで作っていました。ちゃんとホームページの沿革で書いてあります。ヤマハの家具的な位置付けですね。そういえば今まで調べたことが無く、初めて沿革をきっちり拝見しました。

鉄でもガラスでも、塊が好きっぽいですね。私は、そういう傾向にあります。店を初めて、つくづく感じます。

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