4月22日から。豊田市にて。ゴールデンウィークだと、人が多いかもしれません。
朝は豊田、昼は豊橋という流れが良いと思います。お待ちしております。
幻想的で良さそうです。個性が消去されている個性と言いますか、パッと見てスッと入る感じの絵というのが、最近は好きかもしれません。流行りのVR的な、没入感でしょうかね。VRは未体験ですが、恐らくそんな感じでしょうね。
17.04.14
4月22日から。豊田市にて。ゴールデンウィークだと、人が多いかもしれません。
朝は豊田、昼は豊橋という流れが良いと思います。お待ちしております。
幻想的で良さそうです。個性が消去されている個性と言いますか、パッと見てスッと入る感じの絵というのが、最近は好きかもしれません。流行りのVR的な、没入感でしょうかね。VRは未体験ですが、恐らくそんな感じでしょうね。
17.04.12
2ヶ月に一回くらい来てくださるお客さんの話。推定50代の方です。お客さんといっても、1年間で未だ買って頂いたことは無いのですが…。話が面白いので、若干楽しみにしています。
たまたま本の話になりました。自分はまだ読んでいない本の話です。その方が、
「これは本物だよ。」
と言いました。おそらくそうなんだろうな、と思いましたが、その方は何をもって本物と判定しているのか気になりました。それを質問してみました。ひょっとしたら、嫌味な質問と捉えられる場合もありますが、純粋な興味ということを汲んでいただいただき、即答をしてくれました。
「20年経っても読まれていたらじゃない?」
この回答というのは、自分自身に尺度のない回答にも思われますが、きっとそうでは無いのだろうなと感じました。
私のメガネの師匠も、
「今、この自分だけで、良いか悪いか判断するなんて恐れ多い」
みたいなことを仰っていました。だから古い物が好きなんだよねとも。年齢を重ねていくごとに、謙虚さを積み重ねていく姿勢が似ていまして、そのお客さんの回答にも深く感動をした訳です。
そんなこと言い始めますと、いま目の前にある物を良いとも悪いとも言えないし、古い物しか評価出来ないのでは?ということになります。
なので、そこまで厳密に判断基準として当てはめなくとも、今目の前にあるもので、何が20年後に残っているのか?ということは、常に考えるようにしております。
17.04.03
NHKの番組「100分de名著」ですが、今日から三木清さんの人生論ノートが題材になります。ちょうど、読みたいなと考えていたところでしたので入門として、文庫本を買う前にテレビとNHKテキストを見ようと思っております。
テキストをちょっと読んでみましたが、20ページくらい読み進めた段階で、すでに実感を持って頷いてしまった箇所があります。以下に綴ります。
メガネでも服でもそうですが、オシャレになりたいとかカッコよくなりたいとか可愛くなりたいと思って買うと思います。メガネは、視力矯正の側面は一旦無視して、ファッションの面だけに注目します。
では、それらを買い、身につけることによってオシャレさ、カッコよさ、可愛さを手に入れたとします。それは自身にとって成功なのでしょうか?または幸福なのでしょうか?この問いは、必ずしも成功=幸福とはならない、ズレから生じています。
「あれなら自分にも出来る」と思えるのが成功であり、「各人においてオリジナルなもの」が幸福であると、テキストでは書かれています。色々な文脈をすっ飛ばして引用していますので、納得感が少ないかもしれませんね。テキストを本屋で見てみて下さい。
オリジナルということを自己満足と捉えるのか自己肯定感と捉えるのか、どちらでもいいことですが、特にオシャレという言葉の意味するところが、様々なお客さんとお話しする中で分かれている気はしていました。幸福を目指してオシャレするのか、成功を目指してオシャレするのか、という差異だった訳ですね。だとしますと、ブルバキは、、、お店で聞かれたらお答えします。
17.03.29

値札の話の続き。骨董的な言い値は不安を煽るので、ブルバキでは、そういう感じは排除しております。ちゃんと値は固定されています。
とは言いつつも、その世界はその世界なりに、面白かったりもしますけどね。昨日の骨董市での収穫品。相手の提示する値段が良いとこ突いてきますと急激に欲しくなります。あのドキドキ感がたまらんです。
ただし、私もメガネ以外の骨董は素人なので、上限金額を設けて楽しんでおります。ということはいずれにしましても、金額の呪縛から逃れて価値の判断をすることは不可能なのかもしれません。明らかにその上限を越えそうな物は、始めから排除して見ている可能性が高いですからね。
17.03.23
ブルータスの古いのが入りました。店内閲覧用です。83年のアフリカ特集です。ネットのある今の時代よりも、情報が詰まっています。文字から熱量が伝わるいい雑誌です。是非ご覧ください。
最近自問しておりますのは、このような先進国以外の文化とか道具とか織物を鑑賞するときに、日本の尺度を用いて眺めていないかということです。
それもこれも、小林秀雄さんの影響でしょうね。歴史について、正確ではないですが、こんな感じで仰っていた記憶があります。歴史を学ぶということは、現代からその歴史上の出来事を眺めるのではなく、あなた自身の意識もその年代に向かわせて、そのときに何が見えるのか云々…というニュアンスでした。批判と批評の違いについて説明される時も、同じようなことを仰っていました。意識ごとタイムスリップしろ、という感じだったと思います。
つまり、アフリカとかの道具の話題に戻りますと、日本のものに比べて下手ウマな感じが良いとか、欧米のものに比べて粗野な感じが良いとかよりも、もっと他に、その土地に根ざした尺度やら何やらがあって、その測り方による良さがあるはずです。今迄わたしは、それこそ下手ウマとか粗野だから良いと判断しておりました。それも良さなんでしょうが、現代のプロダクトと比較して行われた価値判断でした。それを反省している最中です。
私の扱うメガネもそうです。いまと比べて面白いというのもそうですが、その時代はそれがイケてるわけなので、その時代なりのイケてる理由をそれぞれに発見して、皆さまにお伝えしなくてはいけないですね。
17.03.19
70年代の市井の人のメガネを調べていたら、たまたま見つけました。大阪万博の図鑑より。大阪万博中に、世界中の民芸を集めて骨董市が開かれていたみたいです。面白そうで羨ましい。
やはりこの時代は、セル枠が圧倒的ですね。ちょっとお金ありそうな年配の方が、ローデンストック系の質実剛健なブロータイプのメガネをかけています。セルが多数派です。
私にメガネの加工を教えてくれた現在66歳の方も、業界入りたてのときのメガネの様子を聞いてみたところ、「セル枠ばっかりだった」みたいなことを仰っていたので、やっぱりそんな感じだったんだなと、改めて納得しております。
日本のフレームは今よりも全然仕上がりが綺麗ではないです。特にメタルフレームは、今でもデッドストックで出ますが、さすがに…という仕上がりの物もあります。同時代のローデンストックやマルヴィッツやツァイスのメタルフレームや、フランスのモレルに比べると、やや劣ります。
だからこそおそらく70年代までは、良いメガネ=ドイツみたいな認識が、日本にあったわけです。古いメガネ屋さんの看板には、大体「ローデンストック」の文字が入っています。
そして、81年に日本が世界初のチタンフレームの開発し、じわじわ盛り返していくのでしょうね。
17.02.25
小林秀雄対話集 「直観を磨くもの」新潮文庫 p.530
あとがきが、これまたとてもなじみの良い文章でした。じんわりきます。
物を販売していますと、日々葛藤が生じるわけです。特にこういう時勢ですから、美しいとか面白い物は中々見てもらえません。求められるのは、ほどほどな、力の抜けたカッコよさでしょう。
そういったときに、果たしてこの自分が美しいと感じたメガネは、一体美しいのか美しく無いのか、そもそも美しさとは?みたいな思考が頭をもたげてしまいます。
ですが、この本を読んでいて励まされました。
「美しい花があって、花の美しさはない」
では、美しさとは?となりますが、この本では常識が感ずるものということでしょう。観念的で、それ以上どうにも掘れずに堂々巡りになるものは、それ以上掘るなとも捉えられます。(p.453 「常識」人間誰にも生まれつき備わり、そのうえさらに実社会で訓練された思慮分別の意。単に外部から習得される知識よりも、万人共通の直観力、判断力、理解力に重きをおいて小林秀雄は用いる。)
長くなりましたが、物でしか伝わらない要素があるということが、励みになりました。そしてその要素は、物から切り離すことが出来ないということにも。
言われてみれば、そうかもしれませんね。私の中にある観念的なアレコレは、全て外界の物を見て培われている気がしてきました。影響されやすいタイプです。
17.02.10
シンプルが好きって宣言することは、よくよく考えますと難度高めなことですね。シンプルが好きと宣言し、実行したいところですが、結局ほどほどにデコラティブでデザイナーの意図が表面に出ちゃっているものの方に、毎回落ち着きます。
なんといいますか、出ちゃっているそちらの方が、自己の感覚がそこに継ぎ足されるイメージがあります。シンプルな物を土台に、自分で0から積み上げていけるほど、自身は研ぎ澄まされていないんでしょうね。コスプレという揶揄は、まさにその通りでしょう。
ヴィンテージの他に、無垢のフレームを販売しています。無垢のフレームを眺めていまして、そんなことを考えておりました。ただ、無垢のフレームは例え彫金が施していなくても、シンプルだから良いなあ、と感じたことは今の今まで無かったです。それよりも表面の滑らかさと光沢の美しさにぐらっときていまして、それが僕にとってはデコラティブだったんかなと思います。
デコラティブじゃなくて、装飾的と書けばよかったですね。カッコつけすぎました。
17.02.06
場所をお借りしている、アナログさんの春夏の服の立ち上がりがあり、なんだかんだその販売のお手伝いをしつつトランクショーのご注文の加工をしておりました。ようやく落ち着いたという感じです。あれこれお待たせしてすみませんでした。
セレクトショップに居させてもらっています。セレクトであるということは、各ブランドフルラインナップであるわけではありません。直営ではありませんからね。
そして私の店も、ヴィンテージメガネの年代や国やメジャーブランドを網羅出来ているわけではありません。無いカテゴリーは沢山です。無垢のメガネもまだまだバリエーションを増やしたいと考えております。
網羅していないということは、選択肢としては狭まっているわけですが、それは果たしてマイナスなことなのかと、たまに考えます。言い換えますと、服でもメガネでも、結局なんでも同じですが、選択肢が多いということは、基本的に良いことなのか?という考えです。
選択肢が少ない方が、決定は下しやすくなりますので、私は逆に良いことだと思いますけどね。それに、物と物を比較するのではなく、物と自分の培った経験を照らし合わせる行為になりますから、感性にダイレクトに響くと思います。
選択肢と選択(という行為)の関係を考えますと、面白くて止まらなくなります。またそのうち書くかもしれません。
17.01.31
遂に、行くタイミングを逃してしまいました…。
今週末までです。ほのぼのとした、いい絵ですよ。
2月3日からは、アナログさんの春夏の服のスタートです。私も同じタイミングで店頭販売を再開します。
土日どちらか1日は熊谷さんで、1日は豊橋に是非お越しくださいませ。どちらも楽しいはずです。熊谷守一さんのは、皆さまに託します。感想をお聞かせください。
お待ちしております。