カテゴリー:雑記

豊橋観光案内
雑記

16.11.02

豊橋市美術博物館は、一回の会期期間が短い代わりに、あれこれ楽しそうな企画を次からつぎへ行なっています。ぜひ豊橋へお越しください。

筆舌に尽くしがたい、良い何かがフワッと心に立ち込めました。たまたま、自分と波長があったのでしょうね。まず美しいという感情が心にきて、そのあとに意味が追ってくる感じです。素人なので、そもそもそこまで詳細に意味を汲み取れる訳ではありませんけど、そんな感じです。

撮影禁止でして久々の無音の美術館でした。視覚に集中すると、絵から音や香りや動きが湧き起こるので、たまには共感を諦めて鑑賞するというのも乙だなと改めて感じます。

延々と悶々と
雑記

16.10.28

美しさとか良さがその物に内在しているのか、はたまたそういったものは自己の判断でしかなくて、物には内在しておらず、見る際に、自ずから価値を投影して見てしまっているのか。どっちつかずで前回のブログは終わっていますし、結論は出ない問いでありますから、日々、延々と悶々と過ごしております。

ここ数日お客さんや周辺のひとに、たて続けに言われて気づいたことがあります。ヴィンテージということは、一点物である確率が高いということです。皆さん、結構その点を言ってますので、改めてやっぱりそこが最大の良さなのかと思った次第です。

自分の買い物、そしてヴィンテージのメガネに没入していく変遷を辿ってみたのですが、そこまで一点物ということを意識していなかったですね。ひょっとしたら、自分も何か物を買うかどうか迷っている時に、ひと押しで言われたことがあったかもしれません。ただ、決め手になった記憶はちょっと無いです。

悩んでいるそのものが、世界中で一個かどうかということは、それが美しいとかキレイとかカッコいいとかとは、別の要素です。ですから出来るだけ、目の前にあるものに対して、美しいかどうか等々のジャッジに専念したいという考えです。言い換えますと、美しさとかではない要素を極力除いたうえで、最大限目の前の物に惹かれたいという感じでしょうか。それが没入でしょうね。

ただ、所有した後に手元にあるものは世界に一個くらいしか存在していないかもしれないと思うと、しみじみと嬉しさを感じることはあります。

いずれにしましても、皆さんがそれぞれに楽しみを見つけて下されば嬉しいですね。解釈の多さが面白さでもあります。

曖昧な差
雑記

16.10.24

私の言葉の感覚でしかないのですが。

均整と調和は若干感覚が違うんですよね。どちらも、辞書的な意味では

「ものごとの間に釣り合いがとれていること。」

等々だと思います。

均整の場合は、どの要素も大人しい場合でも成立するイメージでして、調和はそれぞれが激しいか、大人しいと激しいの混ぜこぜじゃないと成立しないイメージです。

となりますと、今は均整を求める時代でしょうね。均整は綺麗で調和は美しい感じ。そうなりますと調和は均整の上位というニュアンスが出ますが、そういう実感もないので、私の考えは矛盾なりご都合主義的なものだなと感じます。

ビームスの動画
雑記

16.10.20

ビームスが40周年のスペシャル動画を作っていました。今日の昼に、PON!で流れていましたが、まだ公式配信では無いようです。YouTubeで流れています。音楽とファッションの40年が、絵巻物のように分かるカッコいい動画でした。

個人的にスーパーカーが出ていたので、かなりテンション上がりました。

連続してみれば、どのファッションもやはり理由があるのだと感じました。突発的なものなど殆ど無いのかもしれません。

重い腰を上げて
雑記

16.10.20

ついに、インスタを始めて見ました。深田恭子さん、石田ゆり子さんが始めたので、もうそろそろやらないといけないなと思い至りました。よく分からんなりに、ハッシュタグも頑張ってつけました。

bourbaki1139です。

このブログですと、画像が汚いので、綺麗な方が良いなと思うときは、そっちもあげます。メインはこちらです。

引き続き、よろしくお願いいたします。

 

追加コレクション
雑記

16.10.19

昨日に引き続き。いい仕事しています。

新しいなかま
雑記

16.10.18

古いかどうか不明。高さ1.5センチ、幅2センチくらいの小粒なダルマ。かわいい。

物について引き続き
雑記

16.10.18

小林秀雄講演第四巻 「現代思想について」”太陽は美しい”

ちょうど、昨日のようなことについて語りかけていました。

昨日の感じですと、主観だけの世界となりますね。主観次第で、美しい物が全くない世界が出来上がってしまうなと。なんかスッキリしないところに、言葉が降りてきました。

講演より

「太陽が美しいと思うのは君の主観か?太陽は美しくないのか?実際美しいものが向こうにあるんですよ。君はそれを美しいと感じるんじゃないですか?…芸術というものは、迷いの上に成り立っているのか?」

美しいかどうかと、好きかどうかを混同して考えているのが、私のダメなところですね。怒られた気分です。

共感というのは、実に不思議な体験だと、つくづく思います。その瞬間の嬉しさと言ったら、言葉にできません。

物について
雑記

16.10.17

久々に他人から服をもらいました。他人といっても自分の親でありまして、むしろ‘親から’という限定をつけると、高校生ぶりくらいかもしれません。土日で休みを頂いたときに、24時間で100キロ歩く大会がありまして、その完走記念です。久しぶり過ぎて照れました。

今振り返ってみれば、貰った瞬間に

  • 明日火曜日の天気は?
  • 明日火曜日の最高気温は?
  • 気温が高めで、このシャツ一枚で外出が出来そうなら、それをメインに着て何処へ行くか?

ということを考えていたので、シャツも自分の好みでしたが、貰うということが大きな要素だったなと思います。それにしてもファッションは良いですね。気分の高揚感から外に出たくなります。

物そのものを直接体験するということは、実は怪しげです。反論として五感を使って、直に感じていると思うかもしれませんが、自分の五感が正しいという保証はどこにもありません。むしろ、五感というパーソナルな要素が関わる以上、他者と全く同じもの(脳の中の像として)を体験することは、出来ないと考えることもできます。物そのものとは何なのか、その有無もどうなんでしょうね。

と考えますと、背景やら色々な要素を消去して、物そのものを観ろと、ひょっとしたら以前のブログで大見得を切ったかもしれません。最近は少し自分の中で変化があり、背景なしの物は存在しないという考えです。だからこそ、頂いたシャツは、頂いたシャツでしか無いのです。頂いたから良いとか、その条件を除いて良いのか悪いのかではなくて、そうでしか無いのでしょうね。必ず、見る側である自己の持っている要素がつきまとってしまいます。

自分にとっては、本当は特別な物しかあり得ないのかもしれません。意識しているかしていないかの違いだけで。だとしますと、好きなゾーンの物は全て特別と思い込みたいなと思っています。

集塵機買いました
雑記

16.10.17

ハンドルーターの粉が飛散するので、ようやく買いました。

目の荒いヤスリをかけた時に出る破片だと、パワーが弱いのでキャッチしないかもです。それくらいの吸引力です。細かいパーツを吸い込むことがないので、バフがけメインの私のようなメガネ屋にとっては都合が良いかもしれません。模型をやる人には物足りないかもです。

フィルターの目が割と粗いので、排気口に掃除機のフィルターをつけるなどした方が良さそうです。ステンレスのバットに水を張って、そこに排気を当てて粉を飛散させずにキャッチする方法もあるようです。

売り場に粉が飛ばなくなったので、いい感じです。

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