狙い
銀無垢でサーモントを作りたいと思ったきっかけは簡単です。1950年代のアメリカに、既にそれに近い形の物が存在しています。オールアルミの、物によってはそれに金張りを施したサーモントです。
開発にはこの2本を用いました。アルミが大量に製錬されるようになったのが世界大戦後の1950年代らしく、軽くて強度もあって錆びにくくて、最高の素材っぽい宣伝が当時もされています。それこそロイヤルだったかデラックスだったか、そういう高価なサーモントとして位置付けられていたことが調べると分かります。そこから想像を膨らませるのは容易くて、これが貴金属だったら…となるわけです。結局当時物のアルミのメッキなり張りのフレームを見ましても、消耗品として製造された形跡といいますかパーツの選定が行われていまして、遺すとか受け継ぐみたいな意味は込められていません。このサーモントのデザインがメガネのスタイルの一つのスタンダードになって、70年後の今もあるとは想像し難いですからね。そこで、銀無垢で日本の技術をみっちり詰め込んで、作りの面から素材の面から不変性を帯びさせようというのが狙いです。
それは自分たちの仕事では無いと言われればそれまでですし、各ブランドが「メガネ」というカテゴリーをどれくらい重きを置いて見てくれているのかということに依りますから、以下は勝手な怒りということなんですけど、店を始める前のメガネ業界のサラリーマンのときから、クロムハーツやティファニーがそれを作ってくれていないことにとても憤りを感じていました。両者ともアメリカで、銀無垢がウリで、目につくありとあらゆるものを銀製品で作っているはずなのに、なんで全て銀無垢のメガネは無いんだと。しかも、古き良きアメリカを代表するサーモント、レイバンのクラブマスターも1986年から販売していて不動のスタイルであるサーモントを。過去を漁れば、銀ではなくてもオール金属で作っていた形跡があるのに…。チタンやセルのフレームに飾りやロゴの印刷をしてあるメガネは沢山あるので、おそらく両者ともメガネはロンTと同じ扱いなんでしょうけどね。とりあえず、一庶民がパッと思いつくような物が世界に無くて、お金で買えなくて、それを憧れに生きていけなくて、これは由々しき事態だと勝手に思い込んだのがスタートです。
ベースとなるフレームの選定
アルミのサーモントも、各社がそれぞれ試行錯誤を繰り返した形跡があります。その中で、シューロンの眉毛に注目しました。眉毛の真ん中で凹んでいます。リムに沿わせています。これを採用しました。アルミのサーモントが何を意図してプレスしたのか分かりかねますが、銀無垢で作るとなれば常に重量を気にしないといけません。ボリュームを十分感じるのに、ちょっとだけ軽量化出来そうです。
ちなみに、ヴィンテージメガネ界でサーモントといえば、AOのサーモントを至高とする見方もあります。どうしようかなと迷ったんですけど、一旦ヴィンテージの価値観から離れて、冷静に見れば全世界に未だに行き渡っているのはレイバンのクラブマスターだよなぁということで、クラブマスターも参照したのかなっていうくらい似ている、上の二つから開発を進めています。
サイズの決定
今回はボクシング表記で47□21です。資本が∞であればアレコレ出来ますが、現実問題としてやはり一つに絞らないといけません。日本人の男の平均の瞳孔間距離(PD)が65ミリというのを参照しております。今っぽい掛け方でpd=fpdとなりますと、44□22も候補には上がりますが、出来上がったものは銀の塊で相当な迫力であろうという予測から、レンズはちょっと大きめでゆったりと、ちょっとpdが広めでもジャストでカッコいいというところを狙いました。開発のサンプルでは46□22の表記でして、正確に測ると47□21ですよと工場から通達がありまして、そうしましたらその通りに作りましょうということになりました。レイバンのクラブマスターは51□21と49□21です。ひょっとしてお前もその分析を…という発見がありました。ヴィンテージメガネの世界では大きめ、現代のメガネからすると小さめ、クラブマスターの一個下というサイズになっています。
80年代の日本製ほぼクラブマスターと並べました。それは50□20です。レンズを大きくすると眉毛も大きくなって重たくなりますし、レンズもいくらプラスチックとはいえ重量が出ます。ここは色々な余地があるところでしょうし、流行り等々でいかようにもレンズ横幅とブリッジ幅は変わると思います。
テンプルの決定
テンプルはこんな感じです。現行のレイバンのクラブマスターは、テンプルは真っ直ぐな棒です。50年代のサーモントも、セル眉のタイプであれば真っ直ぐな棒の物も他にあるのですけど、アルミのサーモントは、大抵が耳に向かって末広がりです。この末広がりの処理は、個人的にはカッコいいなと思うんですけど、現代的にはテンプルが派手だと避けられる傾向にあるよなあとか、色々と考えの余地がありました。銀無垢でサーモントを作るにあたり、どちらを採用しようかなと。
アルミで末広がりにするのは、どのような意図があったのか、いまとなっては分かりません。ある程度面積を用意して、ゴージャスに見せる目的だったのかそうでは無いのか。実際に50年代のアルミのサーモントにおいて、テンプル等々に彫金が施されている物も存在しています。なんとなく、幅を持たせてゴージャスな演出にしていたような気はします。
今回、画像を見ると分かる通り、末広がりのテンプルを採用しました。最終的には、棒にするのも末広がりにするのも、個人の好みの問題に帰着すると思います。そこで銀無垢でサーモントを作ることに対して、どちらが優位かを鑑みて末広がりを採用することにしました。
・鉛直方向に幅のあるテンプルの方が、その方向の力に対して強度が確保できる
・銀無垢の眉パーツが重いため、後ろがよりヘビーになる末広がりなテンプルの方が重量バランスが良さそう
※ただし、重量バランスと総重量の葛藤は常にありまして、総重量の観点からすると、真っ直ぐなテンプルの方が軽そうです。
・薬研のラインを末広がりのテンプルには入れられるので、横方向の強度も出せる
横の薬研のラインも、ヴィンテージから採用しました。
銀無垢はカシメを出来ません。さすがに横が物足りんのかなと思いまして、ヴィンテージよりもっと明瞭な山にして、ラインを先端まで入れています。思考を変えて、カシメがないのを活かして、眉毛パーツまで視線を誘導するような鋭いラインを入れました。
真っさらな平面で、手彫りの余地を残しておいた方が良かったかもしれませんし、ここもまだまだ考えられそうです。真っさらな平面で物足りないことはなくて、そこに少し私の感覚が入り込んでしまったなと、今になって反省です。とりあえず末広がりで、テンプルエンドはいつも通りのバチ先を採用しています。
リベットの決定
リベットこそ、好みが分かれると思います。ヴィンテージなんかは特に、男はこのリベットがカッコいいと言い、女はこれこそ要らんと言います。僕も30歳を過ぎたら、あると嬉しいけどなんだか無くても良いかもと思うようになりました。
カッコいいリベットとは?そんな風に考え始めると答えのない沼にハマります。プロのデザイナーとか、ロゴを考えられる人なら良いのですが、私は違います。今回は構造上、大きさの制限と立体感は出せないという条件がありまして、候補が限られています。
まずこの時も、レイバンのクラブマスターから始めます。あれは、ぺったんこなオーバルです。今見ると一番良い選択な気がします。なんて無属性で柔らかい雰囲気なんでしょうと。ぺったんこな長方形は、無属性なんですけど雰囲気が堅いんです。見れば見るほど最適解はオーバルです。でも、オーバルは絶対使えないので、どうしたものかと考えなくてはいけません。
ここも私の判断とか好みが入ってしまったので、後世があれこれ変更できる余白があると思います。とりあえず、柔らかい優しい雰囲気にする物がいいなとやっぱり思ったんですよね。そこで、タートのカウントダウンを参照しております。タートのカウントダウンは、リベットのパターンがいくつもあります。それこそオーバルもありますし、今回の銀無垢でも参照したaxe(斧)のリベットもあります。このアックスのリベットが秀逸で、やや釣り上がってグラマラスなフレームを、微妙にナードに優しい雰囲気に仕上げます。是非、カウントダウンは画像検索をしてみてください。フレームのアウトラインを目で追ったときと、リムからリベットに目で追ったときの印象が全く違います。あの優しさを採用しました。
そう思って、開発のベースとなる手元のアルミサーモントをみたら、そう言えばこれもそんな感じでした。2方向から検討して同じ結果なら、自信がもてます。これの立体感を無くして、後ろに機構を組み込む為に必要な分だけ縦幅を持たせたのが、完成品のリベットでした。リムの上端を鼻側から耳側に目で追って、耳側のピークに来たときにリベットに目を移すとなだらかに降るんです。この目の動きはタートのアーネルとかモスコットのレムトッシュの、フレームのアウトラインと同じです。
今後のこと
とりあえずこんな感じです。実際にテンプルの幅はなんだかんだとか細かくいろいろとありますけど、ざっくり私が検討したことを書いておきました。ちなみに今週の火曜日に鯖江の工場で見たときは、刻印無しの組み立てホヤホヤで一応持って帰ることも可能だったんですけどね。年末だしなぁというので、完全に仕上がってから入れます。
あとですね、鼻パッドが遅れて出来ます。銀無垢で。一番面積を広く出来る限界一杯のパッドです。それが1月か2月か、金型からになるので時間が掛かるそうです。それもあって、持ち帰るのを我慢しました。
デモレンズ込みの総重量が63グラムでした。太いセルで装飾パーツが付いたフレーム並みに重いです。前回の銀無垢のサーモント(クリアグレーの眉)の2倍くらいあります。重くなるのは予期していましたが、許容値のギリギリいっぱいでした。ガラスレンズは、まず無理でしょうね。
まず掛けてどんな感じか、それが心配だったんですけど、全く科学的ではない主観で言えば、重量ほど鼻の重さがあまり感じなくて、コレは大丈夫という直感がありました。バチ先のテンプルエンドの重みと摩擦なのか、やはりテンプルを末広がりにしたことで、重さを重さで制することが出来たのか分かりませんが、掛けられる感覚は大いにありまして、かなりホッとしております。想像の産物ではない現実のメガネとして成立しています。
今回も、鼻パッドの取り付けは箱です。商品価格に対して取るべき構造みたいな話もありますから、フレーム全体を消耗品にしたくありませんし、カシメとか抱きのパッドがヴィンテージライクでカッコいいのは承知ですけど、個人的には銀無垢は箱一択です。修理も交換も容易く、交換パーツの手数が豊富です。いまのところ925サーモントには、前回のサーモントのときに型で抜いた涙型の銀無垢の鼻パッドが取り付けられています。それでも鼻へのずしっと感は少なかったとは思います。でもそれで油断せず、むしろ先手を打っておきたくて大きな無垢パッドも制作中です。最悪どうしても重い、下がるならさらに奥義のシリコンパッド等が使えますから、まあこれも男は無垢に拘って女はむしろ目立たない透明が良いなあってなりがちなんですけど、フレーム全体を諦めることは無いんじゃないかなと考えています。ということで、仕上げの鼻パッド待ちです。それこそ鼻パッドの取り替えは簡単なので、1月中には鼻パッドが出来ていなくても入荷させようかなと考えています。
僕側の、なんかこういうの欲しいなあの“こういうの”の部分のデザインよりも、そのこういうのを具体的に製作すべく図面をデザインの方がかなり苦労されていると思います。その部分は書けないんですけどね。非常に変な表現ですが、それらのデザイン同士が衝突して、一箇所どうしても決断を下さないといけない部分がありました。それが眉パーツとテンプルの合わさるところの処理についてなんですけど、それを決めるときが一番悩みました。それは、物が届いたら書きます。