これは普通の改造
無垢のメガネ(925silver,サンプラチナ,木)

24.05.01

銀無垢のカットリムフレームの改造でした。はじめての試みなので、何だかんだ切断するのは緊張しますね。

フロントの重みにくらべてテンプル先が細くて、やや滑りやすいです。今回は先セルがさせるように改造しました。先端を切り落とし、先を丸めて棒状に整えて先セルをさしています。

切った分を補うべく、テンプル全長を伸ばすタイプの先セルが存在します。その先セルだと、足されすぎで全長150ミリになりました。それは長過ぎるのでカットします。一番下の写真は先セル部分を5ミリ切断し、形を整えて磨いていた状態です。

せっかくの銀無垢ですしクリアの先セルで、中が全体にならって黒ずんでいくのも良いかなと思いまして。軽快でカッコいいです。

鼻パッドもテンプルエンドも銀無垢でゴツくていかつくてカッコいいということをずっとやってきました。先ほど軽快と書きましたが、逆に鼻パッドも先セルもクリアにするだけで、軽やかで爽やかに見えます。

雑記2
雑記

24.04.28

正義と悪のシンプルな対立の時代は終わりました。正義とされる側には対話派と武力行使派で対立があり、悪とされる側も破壊を好むものとそれに無理やり付き合わされる者の隔たりがあり、他にもあれこれあって、そもそも正義と悪の各々の構造が複雑です。そうすると正義と悪の対立がシンプルではなくなり、正義が悪をやっつけることも、それって善だっけ?みたいに思えてきます。そして正義とは?悪とは?と考えてしまいます。

わんだふるぷりきゅあ!の話です。私の時代は、正義は紛れもなく正義、悪は紛うことなき悪で、正義が勝つ!ドカーン!!みたいな感じだったんですけど。

特にわんだふるは、主人公ペアが白魔道士タイプなのが驚きでした。時代が変わっていることをとても感じます。

雑記
雑記

24.04.28

推すという言い回しが定着した気がしますが、その代わり例えばファンという言い方が減少気味になってきたなぁと、撮り貯めた番組を観ながら思いました。

とくべつ「日本語の乱れが〜」とか言うタイプでも無いので、そういう表現もあるのか面白いなあと思っていたくらいの感じだったんですけどね。ファンとか表現することが減ったなぁということで、とりあえず推しの増加ファンの減少と仮定したときに、推しとファンで何が違うんだろうなと。言い回しだけなんですかね。

とりあえず、“ファン”を検索しようとしたら、いきなり予測検索で《ファン 好き 違い》が出てきました。恋愛系の甘酸っぱい回答がたくさんあって、なかなか良いです。てっきり好き=ファンと思っていましたが、そこにも微妙なズレがあるようです。確かにそうだ。

ファンの語源は、どうやらfanatic(熱狂的な)らしく、語源からすれば好きの延長上にファンがあるような気もします。でも好きになった人がいて、付き合ってファンになった結果としての結婚ということでも無いので、好きの領域内にファンはありそうですが、直線上では無さそうですね。ここでは好き≒ファンくらいの認識にしておきます。

好き過ぎると狂ってしまうわけで、まさに熱狂するわけなんですけど、好きというのは主体が取り込まれちゃう感覚があります。主体の変容ということで、自分も変わって相手も変わってハッピーなら最高なんですけど、パクッとまるごと相手に取り込まれて骨抜きのメロメロということもありえますよね。好きはそんなイメージがあります。

推すという言い回しを自分がしないものですからあれなんですけど、これもまず検索です。

これも面白くて《推し 好き 違い》がすぐに予測で出ます。しかも、私は検索トップにタウンワークの2023年9月18日の記事が出てきました。題名は『推しと好きの違いは?恋愛感情はあるの?恋愛カウンセラーに相談してみた。』で、これも甘酸っぱい系です。

そこでの推しは『見返りを求めず、応援したい感情』で、好きは『相手と特別な関係になりたい感情』とあります。詳しくはそこを読んで頂くとして、推しを使わない人間なりに予測していた推しのイメージにぼちぼちあっていました。なのでとりあえずこれを採用します。

そうなりますと推すというのは、けっこう断絶していますね。繋がっていないため、こちら側が取り込まれることも無いですし、自分が変わることで相手も変わって欲しいみたいな期待も生まれないですし。そんなにドライに皆さん推しているんですかね。自分は全く不変、そういうことでも無さそうに見えます。言葉はドライな要素を含むのですが、推し活と言われるほどに活況ということを鑑みますと、なにか推しを理解するのに足りていないことに気づきます。

本当は見返りが欲しい、それはふつうのことだと思うんですけど、そうだとしてその見返りとは何なのか。何なんでしょうね。自分の店に当てはめると、けっこう考えちゃいますね。

 

ご案内
営業案内

24.04.26

ゴールデンウィーク前半は通常通り営業です。

後半は今のところ5月5日(日)が休み確定です。ひょっとするともう少し休む日が増えるかもです。

 

ちょうど本日お問い合わせ頂いたので。銀無垢のサーモントですが、ちょっと魔改造中なのでいまは店頭にないです。また戻ってきたらここに載せます。他の銀無垢等はあります。

良いんじゃないでしょうか
ヴィンテージのメガネ

24.04.26

ローリフレクション系のコーティングの仕上がりを見たことがないので、実験も兼ねて。

どの方向からもレンズの色が緑と分かるように、反射で色が飛ばないようにという狙いもありました。レイバンカラーのG15でこんな感じです。

4月24日(水)も休みます
営業案内

24.04.23

子どもの熱が下がらなかったので、明日4月24日(水)も休みます。

明日4月23日(火)は休みます
営業案内

24.04.22

4月23日(火)は休みます。

2024年のシンプル
ヴィンテージのメガネ

24.04.19

ロゴドンのサングラスが、けっこう小気味よい今日この頃です。ブルバキではプチブームで、お持ち込み増えています。

私が店を始めた頃は、シンプルで研ぎ澄まされたデザインブームだった気がします。その頃から続けている、当店の銀無垢フレームに手彫りの彫金を施すことですら、そういうことじゃないんだよなぁなんて反応が多々ありました。

研ぐということは、身に厚みがあることが前提です。削ぎ落とすみたいな表現も同様です。そこであの時代には、まず加えることありきですかなぁみたいなことを、ここで書いた記憶があります。また無理に削いで、何もないのにうるさいみたいな物も存在して、つまりそれはそれでマイナスの装飾ですよみたいなことも書いた記憶があります。結局、シンプルで研ぎ澄まされたデザインって難しいですし、それって何だったんでしょうね。

それでいまリバウンド期に突入したのか、メガネは装飾・加飾ブームがきている気がします。考えるときの前提条件がガラリと変わった感覚を、とくに昨年末くらいから覚えます。

そのときに、何が一番カッコいい装飾なのか?みたいなことを考えると、答えの一つとしてブランドロゴがあがってきます。ロゴのバランスとか、それ自体がカッコいいと認識される理由もあるんでしょうけど。それより何よりブルバキみたいな新参者が絶対埋められない、歴史がそこに詰まっていますもんね。時間の厚みがぎゅっとそこに。それって凄いことですよね。

ロゴドンとはシンプルで研ぎ澄まされたデザインの対極でもあり(と、思われている)、よくよく考えればロゴだけをうまく取り入れているという点で、シンプルで研ぎ澄まされているともいえます。例えばここにロゴドンとそれの装飾がないメガネがあったとして、何も装飾がない方がシンプルで研ぎ澄まされているかどうかは、装飾しないということがマイナスの装飾になり得ることもあわせて考えますと一概に判断出来ず、ロゴドンの方がシンプルなこともありそうです。あれこれ難しく書きましたが、いまの(メガネの)リバウンド期において、ロゴドンはけっこう面白い手だなと思っています。おそらくロゴドンってやや悪口なニュアンスを含んでいそうですけど、だったらそこも逆手にとって、ドーンって感じを活かして勢いで楽しく掛けたいですよね。

ちょっと前に、グッチで同じような黒セルの横が金のロゴドンで、それに度付きのグリーングレー(G15)みたいなカラーをいれたんですよね。それがけっこう良かったので、今回のお持ち込みのシャネルにも適用してみました。本来なら要素にないアメリカ感が入ることで、基本はタクシー移動ですみたいな都会っぽいスマートさが減って、bmx?スケボー?っぽいアクティブな雰囲気が足されて良いです。それに、本来のシャネルは黒セルにはほぼグレーのレンズが入ります。このレンズの組み合わせによって、微妙にニセモノ感が足されるのも良かったりします。

ネジ抜き
修理とメンテ

24.04.19

お持ち込みのフレーム。ネジ抜きからでした。

本当は、初期のサングラスレンズが入っていましたが、それは問診のタイミングで抜いています。ネジが開かなくてもレンズは外せます。

そこからはケースバイケースです。ネジ抜かずに、開けないままレンズを入れることも可能です。メタルフレームでも実際はリムを開かずにレンズは入ります。やや無理矢理ぎみですが。

今回は、問診のタイミングでグネグネしていたら外れました。それで外れなければ、残ってしまっているネジを抜かずにレンズを嵌め込んでしまい、取り敢えず使ってみることも可能です。

下が外れたことで、ネジ抜きの土台が綺麗に収まった状態でセッティングすることが出来ました。下に完成品を載せました。表側に瑕疵なく折れているネジを抜くことが出来ています。

 

ふむふむ
雑記

24.04.11

センスの哲学を読み始めています。前の現代思想入門の、その応用編って感じです。まだ読み終えていませんが、実生活に当てはめるとあれこれこういうことで、良い塩梅の脱構築がセンスということなのでは無いかと。実生活に当てはめてあるので、現代思想入門を読んでいなくても、この本だけで面白いです。

引用箇所のちょっとイヤミな表現は、まさに刺さる部分です。同一作品における見方の対立ではありませんから近い例えではありませんが、読みかえて“大意味”を“ハイブランド”で“小意味”を“物の作り・手仕事の具合”みたいに読みかえると、『ブランドのロゴTがカッコいいかどうか問題』でこういう光景をよく見るよなと、たちまち解ってきます。

この本にも続くように、小意味がいつのまにか権威になり、それこそがネオ大意味になってくると、今度はそれを転倒する・脱構築することが進歩であり、この本でいうセンスということになるのでしょう。基本に還れでハイブランドがネオネオ大意味になることもあるでしょうし、ただ本当に単純に還るのでは退化になりかねないので、それでネオネオ大意味としてのハイブランドのスローガンとして、クワイエットラグジュアリーみたいな言葉が出てきているのでしょうね。

私の店はちっこい店でハイブランドで無いことは自明ですから、どう脱構築するのか、どれくらいするのか、これが今も昔も経営課題ということになります。

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